「マイナス7億円くん」と違法賭博で多額の損害を出した水原一平さん(大谷翔平選手の元専属通訳)が大学卒業後、通っていたカジノディーラー学校を紹介します。またギャンブル依存症がいつからなのかも調査してみました。
水原一平が通訳として活躍する前は?
水原一平さんは、岡島秀樹投手がボストン・レッドソックスからニューヨーク・ヤンキースに移籍された際に一躍通訳として有名になりましたよね。
それが2011年で当時27歳でした。
実は、大学卒業後すぐに通訳の道を目指したわけではないそうです。
などをされていたそうですが、いまいち長続きはしなかったそうです。
水原一平が通ったカジノディーラー学校を紹介!
水原一平さんは、
を卒業後、カジノディーラー学校へ通ったそうです。
ただ、それほど情熱も無く、資格を取得することなく辞めてしまったと言われています。
そう考えると、水原一平さんは大学卒業後、なんとなく通ったと推測されるので・・・
カジノディーラー学校は大学の近辺
と考えるのは妥当ではないでしょうか。
そこで、カリフォルニア大学リバーサイド校の周辺を調べてみると・・・
California Dealer Academy – IE
IAM Casino Dealer School
Mac Casino School of Dealing
という3つの学校がありました。
水原一平さんが通ったカジノディーラー学校はこの3つの内のどれかである可能性は高いと思われます。
水原一平のギャンブル依存症はいつから?
水原一平さんは違法ブックメーカーに対して、
450万ドル(約6億7,500万円)
の借金があり、この返済の為に
大谷翔平選手の口座から送金
されたことで大問題になりました。
実は、開幕戦試合終了後、水原一平さんがドジャースの選手達の前で自分は、
ギャンブル依存症
であることを告白されていたそうです。
いつからとは明言されていませんでしたが、可能性としては・・・
の頃から多少なりともその傾向があったと推測されます。
というのも、カジノディーラー学校を辞める原因の一つが
ディーラーとして冷静に振舞えない
という精神的な理由があると言われています。
どうしても、自分自身が賭ける側になる衝動を抑えられなかったのが辞めた原因かもしれませんね。
となると、22,23歳の頃には「ギャンブル依存症」の種が芽生えていたのかもしれません。
そして、北海道からロサンゼルスに移住してきて、大谷翔平選手の専属通訳として巨額の収入を得るようになり、その種が大きく芽吹いた可能性は否定できませんよね。